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2026年8月2日・年間第18主日 (A)
Isaiah 55.1-3・Psalms 145:8-9, 15-16, 17-18・Romans 8:35, 37-39・Matthew 14:13-21 To better understand the intention of the set of readings for today for our own consumption, I recommend to derive our point of departure from the verse we can find from our second reading today. Paul, in his letter to the Romans, says that “nothing will be able to separate us from the love of God in Christ Jesus, our Lord.” (Romans 8.39. The first reading confirms that this love of God is well


2026年7月26日・年間第17主日 (A)
列王記上 3:5、7-12 ・詩編 119:57+72、127+129、160+162 ・ローマ人への手紙 8:28-30 ・ マタイによる福音書 13:44-52 マタイによる福音書から示される神の国についての考察を続けることで、私たちはその (天の国の)計り知れない価値と重要性を理解することができます。畑に埋められた宝、 そして高価な真珠のたとえ話は、いずれも天の国の価値と重要性の計り知れない大きさを 伝えています。 確かに、宝があると私たちが考える場所にこそ、私たちの心は宿るでしょう。畑に埋まっている宝物を見つけた人は喜び勇んで出て行き、持ち物をすべて売り払ってその畑を買い ました。私たちもまた、何かを諦めてでも手に入れたいという気持ちから、長い時間を 費やし、多くの努力を惜しまないよう、急かされます。高価な真珠(良い真珠ではある…が、とても高価なもの)を見つけた商人は、持ち物をすべて売り払ってそれを買いました。私たちもまた、その商人のように、どんな犠牲を払ってでもそのもの(とても高価な真珠)を手に入れようと決意し、決断す


2026年7月19日・年間第16主日(A)
知恵の書 12:13,16-19・詩編 86:5+6,9+10,15+16・ローマ人への手紙 8:26-27; マタイによる福音書 13:24-43 先週の考察は、 私たちの心に植えられた種を育て 、神の言葉を広める、というテーマに 焦点を当てたものでした。今日は、イエスが 天の王国(神の王国)をどのように描写し、何であると説明しているのか、考えていきましょう。 特定の場所を神の王国の象徴として理解する方が、誰にとっても容易かもしれません。 地上に現実に存在する多くの王国を理解するのと同じように。例えば、戦争も苦しみもなくなった時、私たちは神の王国の成就というイメージを思い浮かべます。私たちがこの地上に生きている間に神の王国を体験できるかどうかは、また別の考察の対象となるかもしれ ません。 今日の福音書朗読は、私たちが日々真実、正義、慈悲、そして赦しの心をもって生きるの ならば、みな天国を体験できる可能性があることを示唆しているように思えるでしょう。 今日の第一朗読は、神の権威と力について語っています。しかし、神の正義と力は


2026年7月12日・年間第15主日(A)
イザヤ書 55:10-11・詩篇 65:10, 11+12, 13;14・ローマ人への手紙 8:18-23・マタイによる福音書 13:1-23 今日の聖書朗読は、引き続き神のみ言葉を広めることに焦点を当てています。神のみ言葉を広めるよう召されている私たち自身も、日々の生活の中で神のみ言葉を受け入れる姿勢を 改めて見直すよう、促されています。このテーマについて深く考えることは重要です。なぜなら、神の言葉を他者に伝えるという召し出しにどれだけ真摯に応えられるかどうかは、 私たちが神の言葉をどれだけ深く理解できるかにかかっているからです。また、神との 関係が、 この召し出しに応える上でどのように役立つかについても、考えてみる必要が あります。 福音書朗読でよく説明されている種まきのたとえ話は、私たちが今日に至るまでキリスト 教徒としての生活をどのように送ってきたかを正直に振り返ることができるように、今一度きちんと自分と向かい合って、沈黙して立ち止まるべきだと思い起こさせます。 さらに 考えるべき点として、私たちは社会、それぞれ


2026年7月5日・年間第14主日 (A)
ゼカリヤ9:9-10・詩編 145.8+9, 10+11, 13ab+14・ローマ 8.9.11-13・マタイ 11.25-30 先週の聖書朗読によると、イエス様に従うにあたっては大変厳しい要求がされます。 キリストの弟子と呼ばれるためには、神に仕えながら物質的な所有物を欲しがったり、この世の多くのものに執着していてはなりません。私たちは家族を社会の基本単位であると 考えてきましたが、先週の日曜日の福音書では、イエスが「自分の父や母、息子や娘を 私よりも優先する者は、私にふさわしくない。自分の十字架を負って私の足跡に従わない 者は、私にふさわしくない」とおっしゃっていると、学びました。このような厳しい要求を突きつけられてイエスに従うことは、大変な重荷ではないでしょうか。 しかし、今日の福音朗読では、神の慈しみをたやすく見出すことができます。神のところに来て、むしろ神のくびきを負いなさい、なぜなら神のくびきは負いやすく、その荷は軽いから、という招きが表現されているのです。先週の日曜日に分かち合った、キリストの弟子としての根本的な要求と、真


2026年6月28日・年間第13主日 (A)
列王記下 4:8-11, 14-16A・詩編89.2+3, 18+19・ローマ 6:3-4, 8-11・マタイ 10:37-42 年間の典礼暦の中で、今日朗読される聖書のテーマを考えると、かつて私は大変な驚き、 おそれ、そして震えすら感じることがありました。これは、私が20年近く幸いにも エンジョイしてきた司祭生活の断片を拾い集めるような、自己中心的な考えかもしれ ません。皆さんと、私の司祭生活と召命についての短い物語を私は分かち合いたいと思っています。そして、皆さんもご自身の物語を分かち合っていただければ幸いです。私たちは みんな、それぞれが語るべき(分かち合うべき)独自の物語を持っていると心から信じて います。神様が様々な神秘的な方法で働かれることを、私たちが一人ひとり理解できる ようになるのも、まさに神様の恵みによるのです。 私はマニラの南、フィリピンのバタンガス州の片隅で、農家の家庭で育ちました。一見愛情深い家族に囲まれ、私たちも農民でしたが、近所の人々とも楽しく暮らしていたといえる...


2026年6月21日・年間第12主日(A)
エレミヤ 20.10-13 ・ 詩編69.14, 17+18, 34+35 ・ローマ 5.12-15 ・ マタイ 10.26-33 私たちは、祝祭日ではない日曜日を、教会暦の中で、私たちが自分たち自身とイエス様の 弟子たちのことを、より長期的な視点で見つめなおすようにと招かれている特定の時期と して考えることができます。四旬節の期間とご復活の間、私たちは、イエス様の最後の日々と、イエス様のご受難、死とご復活を黙想します。待降節とクリスマスの間は、イエス様が来られたことと、私たちの内においでになるイエス様の存在について黙想します。これらの重要な季節には、私たちはイエス様のご生涯の偉大なる神秘を経験しますが、祝祭日では ない年間の日曜日の間には、イエス様の使命への参加を継続的に更新し、そして、教会の 近くだけではなく、さらに私たちが住んでいる社会においても、もっとも厳密的な意味でのクリスチャン生活を生きるようにと招かれています。今日、私たちは皆、神さまの いつくしみと愛を証しするとき、だれも恐れないようにと招かれているのです。


2026年6月14日・年間第11主日(A)
出エジプト19.2-6a ・ 詩編.100.1+2, 3ab,5 ・ローマ 5.6-11・ マタイ 9.36, 10.1-8 よろこびのうちに主に仕え、 全世界に行って福音を宣べ伝えよ。 この3、4週間の主日の典礼で、聖霊の働きによって、信仰の神秘の宣言が、私たちに もたらされた事でしょう。これまでのお祝いや祭儀、その際のことばの典礼(朗読)も、 ご復活後のイエス様についてのいくつかの出来事について、私たちによく伝え示して います。さらに、どのようにしてイエス様の使徒たちと最初の弟子たちが、このすべての 出来事の証人となったのか、私たちは理解してきました。現代の私たちの信仰は、彼ら (イエス様の使徒たちと弟子たち)と分かち合ったものであり、イエス様がご聖体と私 たちの内に永遠にいてくださると約束されたものです。私たちには、分かち合う事のできる信仰共同体での経験と、ひとりひとりの信仰経験もあります。 私たちが積極的にミサに与り続けることで、私たちは、いつも忘れてはならないことを心の内に思い起こしています。


2026年6月07日・キリストの聖体 (A)
申命記8.2-3, 14b-16a ・ 詩編147.12+13,14+15, 18;19 ・ 一コリント10.16-17 ・ヨハネ6:51-58 積極的にミサに参加しましょう。 キリストの御からだの他の部分と一致して、真摯な気持ちで祭壇に近づき そして、パンの形を取られたキリストをいただきましょう。 今日の朗読では、私たちのミサ祭儀について、ご聖体拝領の時にいただくパンの形を取られた真のキリストの御からだについて、そして、キリストの御からだとしてのキリスト者の 共同体について焦点が当てられています。私たちは感謝の気持ちを持って、イエス・ キリストのうちに、イエス様のご受難、死、ご復活を通して神さまが私たちの為になさったこと、お与えくださったことのすべてについてを思い起こします。今日は、キリストの 聖体の祭日です。私たちは、ご聖体をいただくことを通して、神さまの愛がいつも働き かけて下さること、そして、日々の生活の中で本当に感じられることを隣人たちと共に分かち合い続けるようにと招かれています。ご聖体をいただ


2026年5月31日・三位一体の主日(A年)
出エジプト記34.4b-6, 8-9・ダニエル補遺・アザルヤ29, 30+31+38・二コリント13.11-13・ ヨハネ3.16-18 私たちの生活の中でごく普通の日々にある私たちの召命 私たちは、今、復活節の7週間の後につづく、2番目の週(私たちの教会の典礼暦にある9週間の年間)を迎えています。四旬節や復活節といったどことなく荘厳で重複するテーマの 後でさえも、私は、神さまのみことばの黙想に対して、私たちがその熱意を保ち続ける ことを強調したいと思いますが、確かに典礼の年間の日々にある数週間は、私たちの典礼の中で最も豊かである故に、素晴らしい時なのです。5月と6月の日曜日の典礼で、最も聖なる三位一体の主日(今日)、来週の最も聖なるキリストの聖体の祭日、その後の金曜日の 最も聖なるイエスのみこころの祭日があることを心に刻んでおいてください。私たちの 教会の典礼の豊かさと共に、聖なる三位一体から溢れ出る愛と恵みを通して、私たちのごく普通の日々の生活において、神さま(聖霊)の愛と恵みが、どのようにして私たちに霊的...


2026年5月24日・聖霊降臨の主日 (A年)
使徒言行録2.1-11・ 詩編104.1b+24, 29;30,31;34 ・ 一コリント12. 3b-7, 12-13 ・ ヨハネ20.19-23 今日は、ご復活の主日から数えて50日目にあたり、聖霊降臨の主日と呼ばれています。役割と力、そして、聖霊の賜物と実り(これらすべては堅信の秘跡を受ける準備のための深い理解が必要です。)は、イエス・キリストのメッセージを私たち一人ひとりが世界中に広めるための力を与えてくれます。ですから、堅信の秘跡のためにカテキスタによって準備されたひとときを振り返る事は、たしかに私たちの今日の思い起こし/黙想の助けとなるでしょう。この使徒たちへの聖霊の降臨は、教会の誕生を示しています。私たちは、目に見える神さまの存在を表わす共同体である教会を祝うべきなのです。私たちは、ゆるしと和解のメッセージを広めることでキリストの霊の内に、堂々と胸を張って生きるようにと召されているのです。 第1朗読では、使徒言行録の以下の記述で、聖霊が使徒たちの上にくだったとあります。使徒たちが他の国々のことばで話し始めたことを、聖霊の多くの賜物と


2026年5月17日・主の昇天 (A年)
使徒言行録1.1-11・詩編47.2+3, 6+7, 8+9・エフェソ1:17-23・マタイ28:16-20 私たちは主の昇天の祭日で、イエス・キリストが天国へと昇られた日を記念します。今日の私たちのお祝いは、復活節第7主日から始まって、今日(主日)という日をご復活から40日後の次の日曜日として数えています。 今日の第一朗読では、イエス様のご復活直後について書かれており、イエス様が弟子たちの前にお現れになり、⑴ 神さまの統治について教えられ、⑵ 世界中で神さまの統治を完成させるために、弟子たちも共に働くことができるように、聖霊が弟子たちにくだることを約束されました。 今日の福音朗読では、イエス様が、弟子たちに世界に出て、すべての国々でイエス様の弟子を増やし、父と子と聖霊の御名によって洗礼を授けなさいと命じられたことについて書かれています。これが私たちのカテキシス(宗教教育)での「大宣教使命」です。福音を宣べ伝えるようにと任されたイエス様の弟子たちは、神さまの統治と神さまの救いの完成(来週に分かち合うテーマである、罪のゆるしも含まれて)を皆


2026年5月10日・復活節第6主日(A)
使徒言行録 8.5-8, 14-17・ 詩編 66.1+2+4,5+9,16+17・ 1 ペトロ 3.15-14・ ヨハネ 14.15-21 今日、私たちは、主の昇天と聖霊降臨の主日の祭日に共通しているテーマについて分かち合う事でしょう。3週間後の最も聖なる三位一体の祭日をお祝いし、私たちの信仰の三つの側面は、さらに深く強められ、これらの共通しているテーマにもっとも近い結論となる事でしょう。このテーマは、イエス様が御父のもとへ帰られる一方で、今までとは違う別のかたちで、共に居続けてくださることを使徒たちに約束されるというものです。現在の私たちは、永遠に神さまが私たちの中にいてくださる事という恵みをいただいているのです。ですから、私たちは、日々の生活の中での聖霊の存在について黙想しましょう。 第一朗読: 私たちは、司祭と教会の指導者たちによる、神さまのみことばの意味をすべての人が理解できるための話によって、神さまが共にいてくださることを経験します。キリストの最初の使徒たちの時代から、福音のメッセージの宣べ伝えは、彼ら人間の能力によるもの


2026年5月3日・復活節第5主日(A)
使徒言行録6.1-7・詩編33.4+5, 6+11, 20+21・1ペトロ2.4-9・ヨハネ14,1-12 今日、私たちは、使徒たちとイエス様の最初の弟子たちが、神さまのみことばを宣べ伝えるためにどのように協力し合っていたのかを黙想し続けています。広く伝えられた神さまの みことばの宣布は、彼らの情熱と聖霊の導きによって強められたご復活されたキリストへの信仰によってもたらされたものでした。御父との完全なる一致であるイエス様への彼らの 信仰は、彼らを心配事や疑いから解放し、最終的には、彼らをイエス様との一致へと導き ました。 第一朗読:弟子たち(ご復活されたキリストを信じる人々)が増えるということは、 神さまのみことばを宣べ伝える使徒たちの情熱の良い成果でした。先導者が増えるという ことは、彼らの努力のもうひとつのはっきりとした成果です。確かに、12人の使徒 たちは、神さまのみことばをより広く宣べ伝えるには、隣人たちと責任を分かち合う必要があることを理解していました。現在の私たちも、チームワークや成すべき事の分担 (教会での責任の分


2026年4月26日・復活節第4主日 (A)
使徒言行録2.14a,36-41・詩編23.2+3,4,5,6・1ペトロ2.20b-25・ヨハネ10.1-10 私たちは、教会生活において長い年月にわたって、「共同体への奉仕」を洗礼によって与えられた一人ひとりへの召命として考えてきました。キリスト者の共同体の一員となる事に よって、私たちは、それぞれの共同体のための明確な役割を持つようにと招かれているの です。何人かの人々は、人種や文化を超えた、その他の共同体への奉仕へと招かれて います。例えば、リーダーシップをとって奉仕できる事は確かに賜物です。なぜならば、 たくさんの制約があるために、すべての人が、この招きに応える事はできないからです。 多くの人々は、自分たちの生活や個人の安全や心配事ばかりを気にかけています。共同体に奉仕するという事は、心からの本当の関心と意欲、そして、時間が求められる事なのです! 私たちの教会生活の中心は、イエス様です。飾ることなく、今日の黙想のポイントとして、共同体の中で、おそらく自己中心的であるために、どれくらいイエス様を繰り返し十字架


2026年 4月 19日 (A)・復活節第3主日
使徒言行録2. 14, 22-33/詩編16. 8, 10, 11/1ペトロ1. 17-21/ルカ24. 13-35 使徒言行録では、一般的にイエス様のご復活を公言したイエス様の弟子たちについて記されています。第1朗読では、神さまの愛のしるしとしてのイエス様のご復活について書かれています。神さまの愛は、永遠の死からイエス様を解き放たれました。私たちは、イエス様の宣教、ご受難、死、そしてご復活の最初の証人である、イエス様の弟子たちの記述に頼っています。私たちの世代は、 イエス様を中心とした日々の生活を送り、イエス様の生きざまを本当に知るようにする 事で、応えています。私たちは、自分たちの信仰経験を隣人たちと 分かち合いながら、希望に満ちた人生を生きています。私たちの世代において、私たちも また、イエス様の死とご復活の本当の証人となる事ができるのです。 私たちにはいつでも 教会があり、そこでイエスの教えをより深く理解することができます。 私たちの共同体での霊的回想や黙想の中で、今日の福音朗読の箇所に、どれくらい出会う でしょう。聖書


2026年4月12 日・復活節第2主日 (A年) ・ 神のいつくしみの主日
使徒言行録2. 42-47 ・詩編118. 1+2, 16+17, 22+23・一ペトロ1 .3- 9・ヨハネ20. 19-31 世界中の私たちカトリック信徒たちは、20年以上にわたって神のいつくしみの主日を お祝いしています。いつも感謝の気持ちを込めて、神さまの赦しといつくしみをお祝い するのです。この神さまの赦しといつくしみは、私たちとキリストを結び付け、それ故に、私たちも赦しといつくしみ深い者となるのです。 第1朗読 :キリストの最初の使徒たちは、イエス様の教えを広め続けました。イエス様の 信者や信奉者たちは、イエス様の教えに熱心に耳を傾け、祈りと分かち合い(真摯な心で パンを裂く)を通して、共同生活に時間を費やしました。 ・イエス様のご復活後の 最初の信仰共同体の信心 から、私たちはたくさんの励ましを受けています。最初の使徒たちとキリストのご復活を信じた人びとの召命は、 私たちが現在の 私たちの信仰共同体にとどまるための勇気 を与えてくれています。彼らの熱意を引き継ぎ、私たちは、信仰共同体での生活を送る続ける事を志してい


2026年4月05日・復活の主日(A)
使徒言行録 10.34, 37-43・詩編 118.1-2, 16-17, 22-23・コロサイ 3.1-4・ヨハネ 20.1-9 みなさん、ご復活おめでとうございます。 神さまの豊かなお恵みは、私たちのように救い主であるイエス・キリストを信じる者の 栄光への入口としての十字架のイメージを思い描くようにと導いてくださいます。私たちは皆、イエス様の栄光(ご復活)に入ることによって、信仰の本当の意味を見つけるのです。確かに、私たちの信仰はイエス様のご復活に深く根付いています。かつては逮捕される ことを恐れて沈黙し、無力になっていた イエス様の弟子たちが、心を完全に改め、 イエス様が復活され彼らと共におられることを証しし始めたように、現在の私たちも、 イエス様の復活されたご生涯に深く根差した信仰を真に分かち合うようにと招かれて います。私たちが信じて証しし、信じている事、証ししている事を行動に移すのです。 私たちは、ご復活のお祝いが一度だけのお祝いではないことを忘れてはなりません。私 たちの教会暦にそって、イエス様のご復活を毎


2026年03月29日・受難の主日 (A)
マタイ 21.1-11・ イザヤ 50.4-7・詩編 22.8+9,17+18, 19+20, 2+24・フィリピ 2.6-11・マタイ 27.11-54 私たちは、復活徹夜祭に洗礼志を受ける方々のために、この四旬節の間の主日のミサで共に祈ってきました。私たちは洗礼を念頭に入れ、私たちは皆で今までの四旬節の朗読を理解しようとしてきました。洗礼志願者の方々にとっては、これから先に何を受けとめるのかと いう祈りに満ちた期待溢れるものです。私たちはイエス様の教えから、心からイエス様の みことばを聞き、回心してイエス様のうちに新しい命を生きるという事を学びました。 私たちは、自分たちが必要としている物や望んでいる物を見直して、自分たちの浅はかな 視覚や触覚を超えるようにと招かれているのです。 今日は、受難の主日です。四旬節の黙想の最高の時にあるという事を、私たちが理解するのは大切な事です。 過ぎ越しの神秘の黙想 は、単に記憶に残し、薄っぺらな感謝の言葉にすることではありません。本当の回心は、神さまの救いのご計画に対する真摯な信頼を生み出し


2026年3月22日・四旬節第5主日(A)
エゼキエル 37.12-14・詩編.130.1+2, 5+6, 7a+8・ローマ 8.8-11・ヨハネ 11.3-7, 17, 20-27, 33b-45 今日は、四旬節第5主日です。今日のミサでは、成人洗礼志願者のための三つの特別な 意向の祈りのうちの最後の祈りを捧げます。聖週間の典礼が近づくにつれて、私たちは洗礼志願者のために、そして、彼らと共に祈り続け、共に人間としての現実の生活の中で勇気 づけられていきます。イエス様のご受難と死についてのこの時期の四旬節の黙想で、 イエス様のご復活は、私たちの小さな共同体やそれぞれの家庭、そして、今日の私たちの 世界が良いものとなっていく希望のしるしであると、私たちは受けとめます。私たちは、 平和のために祈り続け、希望を持ち続け、働きかけていくのです。今日の福音朗読の ラザロの死からのよみがえりは、イエス様が「復活であり、いのちである。」という事への理解を深めていくものです。 今日の朗読のエゼキエルの予言では、神の民を墓からよみがえらせるという神さまの意
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