2026年4月05日・復活の主日(A)
- Bahay San Martin
- Mar 30
- 3 min read
Updated: Apr 3
使徒言行録 10.34, 37-43・詩編 118.1-2, 16-17, 22-23・コロサイ 3.1-4・ヨハネ 20.1-9
みなさん、ご復活おめでとうございます。
神さまの豊かなお恵みは、私たちのように救い主であるイエス・キリストを信じる者の 栄光への入口としての十字架のイメージを思い描くようにと導いてくださいます。私たちは皆、イエス様の栄光(ご復活)に入ることによって、信仰の本当の意味を見つけるのです。確かに、私たちの信仰はイエス様のご復活に深く根付いています。かつては逮捕される ことを恐れて沈黙し、無力になっていたイエス様の弟子たちが、心を完全に改め、 イエス様が復活され彼らと共におられることを証しし始めたように、現在の私たちも、 イエス様の復活されたご生涯に深く根差した信仰を真に分かち合うようにと招かれて います。私たちが信じて証しし、信じている事、証ししている事を行動に移すのです。
私たちは、ご復活のお祝いが一度だけのお祝いではないことを忘れてはなりません。私 たちの教会暦にそって、イエス様のご復活を毎年お祝いするのです...。「十字架に磔に されたイエス様の御からだのイメージ」は、痛み、不安、不正、差別、そして、私たちの 周りにあるその他すべての不完全さを経験している私たち皆に、確実にたくさんの慰めを 与えてくれるでしょう。ただ、イエス様の十字架にかけられたお姿を見つめるだけで、私 たちは皆、生きる勇気を見出し、「私は一人ではない」と率直に言うことができるのです。しかしながら、ご復活の喜びに満ちたお祝いと同様に、ご復活徹夜祭の典礼の豊かさは、私たちの日々の生活にイエス様の十字架が何をもたらしてくれるのかを、もっと深く黙想するようにと招いています。イエス様の十字架は、天の御父への(栄光への)入口のしるしなのです。
今日の朗読では、私たちの祈りの生活や、福音を証しし福音に生きることの難しさの経験によって、私たちが栄光に入られたイエス様の生きた証人となることを理解させてくれます。私たちは、苦しみの中でも笑顔のうちにある証人となるのです。一度、本物の笑顔となる 方法を学んだ私たちは、自動的にキリストの世界に加わります。これは、私たちの人生の 転換期なのです。「今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう。」(詩編118)
今日の福音朗読は、私たちの信仰生活を支える聖書を定義するもののひとつと考えられ ます。十字架の磔はイエス様の時代によく見られたとても歴史的な出来事です。イエス様のご復活は、だれもイエス様がご復活されるところを見ていないので、信仰上の出来事です。初めに空の墓があり、それからは、すべてご復活後の話となります。私たち皆が知って いるのは、空になった墓の記述と、ご復活後の記述ですが、マグダラのマリアを含む イエス様の弟子たちの行動は、死が私たちにとって最後ではないことを教えてくれて います。私たちにとってすべての終わりと思われる死よりも、新しいいのちの可能性は 大きなものなのです。
パウロのコロサイの教会への手紙では、イエス様が栄光へと入られた事が、私たち皆に とっても、私たちがいつも天にあるものを探し求めるようにと招く、新しいいのちへの 入口でもあるということを教えてくれています。イエス様のご復活の恵みを受けて、私 たちが回心の心を育み続け、ほんとうに文字通りに隣人たちにも届くものとなります ように。
皆でご復活をお祝いしましょう。新しいいのちをお祝いしましょう。

