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2026年5月10日・復活節第6主日(A)
使徒言行録 8.5-8, 14-17・ 詩編 66.1+2+4,5+9,16+17・ 1 ペトロ 3.15-14・ ヨハネ 14.15-21 Today, we may be sharing about an overlapping themes for the Solemnity of the Ascension and that of the Pentecost Sunday celebration. The three-fold dimension of our faith, which will be further emphasized three (3) weeks after as we celebrate the Solemnity of the Most Holy Trinity, is the closest conclusion we can have to these overlapping themes. The theme is about Jesus returning to the Father whi


2026年5月3日・復活節第5主日(A)
使徒言行録 6.1-7・ 詩編 6. 1-7・1 ペトロ 2.4-9・ ヨハネ 14.1-12 Today we continue to reflect on how the Apostles and the first disciples of Jesus worked together in proclaiming the Word of God. The proclamation of the Word of God that was spread wide was brought about by their faith in the Risen Christ intensified by their enthusiasm and the guidance of the Holy Spirit. Their belief in Jesus who is fully identified to the Father freed them from worry and doubt, a freedom that eventually led


2026年4月26日・復活節第4主日 (A)
使徒言行録2.14a,36-41・詩編23.2+3,4,5,6・1ペトロ2.20b-25・ヨハネ10.1-10 私たちは、教会生活において長い年月にわたって、「共同体への奉仕」を洗礼によって与えられた一人ひとりへの召命として考えてきました。キリスト者の共同体の一員となる事に よって、私たちは、それぞれの共同体のための明確な役割を持つようにと招かれているの です。何人かの人々は、人種や文化を超えた、その他の共同体への奉仕へと招かれて います。例えば、リーダーシップをとって奉仕できる事は確かに賜物です。なぜならば、 たくさんの制約があるために、すべての人が、この招きに応える事はできないからです。 多くの人々は、自分たちの生活や個人の安全や心配事ばかりを気にかけています。共同体に奉仕するという事は、心からの本当の関心と意欲、そして、時間が求められる事なのです! 私たちの教会生活の中心は、イエス様です。飾ることなく、今日の黙想のポイントとして、共同体の中で、おそらく自己中心的であるために、どれくらいイエス様を繰り返し十字架


2026年 4月 19日 (A)・復活節第3主日
使徒言行録2. 14, 22-33/詩編16. 8, 10, 11/1ペトロ1. 17-21/ルカ24. 13-35 使徒言行録では、一般的にイエス様のご復活を公言したイエス様の弟子たちについて記されています。第1朗読では、神さまの愛のしるしとしてのイエス様のご復活について書かれています。神さまの愛は、永遠の死からイエス様を解き放たれました。私たちは、イエス様の宣教、ご受難、死、そしてご復活の最初の証人である、イエス様の弟子たちの記述に頼っています。私たちの世代は、 イエス様を中心とした日々の生活を送り、イエス様の生きざまを本当に知るようにする 事で、応えています。私たちは、自分たちの信仰経験を隣人たちと 分かち合いながら、希望に満ちた人生を生きています。私たちの世代において、私たちも また、イエス様の死とご復活の本当の証人となる事ができるのです。 私たちにはいつでも 教会があり、そこでイエスの教えをより深く理解することができます。 私たちの共同体での霊的回想や黙想の中で、今日の福音朗読の箇所に、どれくらい出会う でしょう。聖書


2026年4月12 日・復活節第2主日 (A年) ・ 神のいつくしみの主日
使徒言行録2. 42-47 ・詩編118. 1+2, 16+17, 22+23・一ペトロ1 .3- 9・ヨハネ20. 19-31 世界中の私たちカトリック信徒たちは、20年以上にわたって神のいつくしみの主日を お祝いしています。いつも感謝の気持ちを込めて、神さまの赦しといつくしみをお祝い するのです。この神さまの赦しといつくしみは、私たちとキリストを結び付け、それ故に、私たちも赦しといつくしみ深い者となるのです。 第1朗読 :キリストの最初の使徒たちは、イエス様の教えを広め続けました。イエス様の 信者や信奉者たちは、イエス様の教えに熱心に耳を傾け、祈りと分かち合い(真摯な心で パンを裂く)を通して、共同生活に時間を費やしました。 ・イエス様のご復活後の 最初の信仰共同体の信心 から、私たちはたくさんの励ましを受けています。最初の使徒たちとキリストのご復活を信じた人びとの召命は、 私たちが現在の 私たちの信仰共同体にとどまるための勇気 を与えてくれています。彼らの熱意を引き継ぎ、私たちは、信仰共同体での生活を送る続ける事を志してい


2026年4月05日・復活の主日(A)
使徒言行録 10.34, 37-43・詩編 118.1-2, 16-17, 22-23・コロサイ 3.1-4・ヨハネ 20.1-9 みなさん、ご復活おめでとうございます。 神さまの豊かなお恵みは、私たちのように救い主であるイエス・キリストを信じる者の 栄光への入口としての十字架のイメージを思い描くようにと導いてくださいます。私たちは皆、イエス様の栄光(ご復活)に入ることによって、信仰の本当の意味を見つけるのです。確かに、私たちの信仰はイエス様のご復活に深く根付いています。かつては逮捕される ことを恐れて沈黙し、無力になっていた イエス様の弟子たちが、心を完全に改め、 イエス様が復活され彼らと共におられることを証しし始めたように、現在の私たちも、 イエス様の復活されたご生涯に深く根差した信仰を真に分かち合うようにと招かれて います。私たちが信じて証しし、信じている事、証ししている事を行動に移すのです。 私たちは、ご復活のお祝いが一度だけのお祝いではないことを忘れてはなりません。私 たちの教会暦にそって、イエス様のご復活を毎


2026年03月29日・受難の主日 (A)
マタイ 21.1-11・ イザヤ 50.4-7・詩編 22.8+9,17+18, 19+20, 2+24・フィリピ 2.6-11・マタイ 27.11-54 私たちは、復活徹夜祭に洗礼志を受ける方々のために、この四旬節の間の主日のミサで共に祈ってきました。私たちは洗礼を念頭に入れ、私たちは皆で今までの四旬節の朗読を理解しようとしてきました。洗礼志願者の方々にとっては、これから先に何を受けとめるのかと いう祈りに満ちた期待溢れるものです。私たちはイエス様の教えから、心からイエス様の みことばを聞き、回心してイエス様のうちに新しい命を生きるという事を学びました。 私たちは、自分たちが必要としている物や望んでいる物を見直して、自分たちの浅はかな 視覚や触覚を超えるようにと招かれているのです。 今日は、受難の主日です。四旬節の黙想の最高の時にあるという事を、私たちが理解するのは大切な事です。 過ぎ越しの神秘の黙想 は、単に記憶に残し、薄っぺらな感謝の言葉にすることではありません。本当の回心は、神さまの救いのご計画に対する真摯な信頼を生み出し


2026年3月22日・四旬節第5主日(A)
エゼキエル 37.12-14・詩編.130.1+2, 5+6, 7a+8・ローマ 8.8-11・ヨハネ 11.3-7, 17, 20-27, 33b-45 今日は、四旬節第5主日です。今日のミサでは、成人洗礼志願者のための三つの特別な 意向の祈りのうちの最後の祈りを捧げます。聖週間の典礼が近づくにつれて、私たちは洗礼志願者のために、そして、彼らと共に祈り続け、共に人間としての現実の生活の中で勇気 づけられていきます。イエス様のご受難と死についてのこの時期の四旬節の黙想で、 イエス様のご復活は、私たちの小さな共同体やそれぞれの家庭、そして、今日の私たちの 世界が良いものとなっていく希望のしるしであると、私たちは受けとめます。私たちは、 平和のために祈り続け、希望を持ち続け、働きかけていくのです。今日の福音朗読の ラザロの死からのよみがえりは、イエス様が「復活であり、いのちである。」という事への理解を深めていくものです。 今日の朗読のエゼキエルの予言では、神の民を墓からよみがえらせるという神さまの意


2026年3月15日・四旬節第4主日(A)
サムエル上 16.1b,6-7,10-13a・詩編 23.2+3, 5, 6・エフェソ 5.8-14・ヨハネ 9.1-41 今日は四旬節第4主日です。今日のミサで、私たちは3つの特別な祈りのうちの2番目にある成人洗礼志願者のための祈りを捧げます。私たちのキリスト者としての生活を受け入れるにあたって、彼らが神さまとの関係をもっと深めるための最適な時と、助けとなる環境を見出す事ができるようにと祈り続けます。 四旬節第4主日は、「ラエタレの主日」(喜びの主日)とも呼ばれています。私たちの心に目を向けてくださる神さまの豊かな愛が、私たちの悲しみや苦しみを喜びと平和に変えてくださるので、私たちは喜びに満たされます。 第一朗読では、現代の私たち人類の経験、特に、私たちが自分たちの生活をどのように受け入れるのかという事を確認させてくれるでしょう。私たちは、しばしば周りの人びとを目で見て、そして、容姿/肉体のうわべから、そして多分、生活レベルや出身地・肌の色をもとに判断しています。私たちは、しばしばとても物質的な基準や、そして多分、彼らからどうやって利益を得られ


2026年3月08日・四旬節第3主日 (A)
出エジプトEx 17.3-7・詩編 95. 1+2, 5+6, 7+8・ロマ 5.1-2, 5-8・ヨハネ 4.5-12 今日は四旬節第3主日です。今日とご復活祭までの間、私たちは教会に来て、全世界で復活徹夜祭に洗礼を受ける洗礼志願者の方々のために祈ります。 今日の出エジプト記からの短い朗読では、 (1)人びとが、自分たちや子供たちや家畜が飲む水がないといってモーセに言った不満、 (2)最悪状況になった時、モーセに対して人々が何かしようとしているというモーセの懸念、 に対して、神さまがモーセに命じられた事について書かれています。今日の短い朗読から、神の民へのご意向と、神の民の指導者たち(この場合はモーセ)への擁護を理解することができます。 今日の福音朗読では、いのちの水であるイエス様について書かれています。このいのちの水を飲む人は誰でも、決して渇くことがありません。福音朗読の中に出てくる女性は、井戸に来た目的しか頭になく、イエス様の言葉に困惑します。しばらくして、その女性は、イエス様が言っておられる事の意味を理解しました。確かに、その女性


2026年3月01日・四旬節第2主日 (A)
創世記 1-4a・ 詩編 33.4+5, 12+13, 20+21・ 2 テモテ1.8b-10・マタイ17.1-9 イエス様と弟子たちの関係においてのとても大切な瞬間とは、単にイエス様が弟子たちにとっての先生であるという事だけではなく、キリストであり救い主であり、皆が待ち望むイスラエルのメシアであるという事を認識できる瞬間です。もう一つの大切な瞬間は、完全に弟子たちにとって先生(イエス様ご自身)でありメシアであると認識されたイエス様が、遅かれ早かれ、イエス様の事を脅威や敵とみなす人びとに「引き渡され」、「磔刑」を受け、最終的には十字架上で「死」を迎えるといった 苦しみをお受けになる 事を、弟子たちに告げ知らせ始めた瞬間です。そして、3日後に死から復活される事は、弟子たちがよく理解すべきもう一つの事です。私たちは、イエス様の最初の弟子たちのように、例えば永遠の幸福、人生のいろいろな困難な事柄から私たちを永遠に解き放ってくださるメシアを切望しています。私たちにとって最高の場所を見つけた時、私たちは永遠にその場にとどまりたいと思い、その願いは永遠に続き


2026年2月22日・四旬節第1主日 (A)
創世記 2.7-9,3.1-7・ 詩編 51.3+4, 5+6cd,12+13・ローマ 5.12-19・マタイ 4.1-11 祈り、断食、そして、施しは、敬虔なユダヤの人々の主な行いです。これらの行いは、特に四旬節の間、私たちクリスチャンにとっても然るべき行いです。今年の典礼カレンダー より、灰の水曜日は2月18日、また、受難の主日は3月29日、聖なる過ぎ越しの 三日間は、その週の木曜日、金曜日、土曜日となっています。 四旬節の間、これらのすべての行いは、ひっそりと傲慢でないことが大切であると強調 されています。これらは、私たちを神さまと神さまのなさることに近づけるという本当の 目的を見失わないことを目指すものです。私たちは、この四旬節の行いが、周りの人々に 見せるためのものではないという事を、苦なくして思い起こします。これは、不必要な 傲慢さを招かず、周りの人びとの注意を引いてしまわないように気を付けなくてはいけないことを意味しているのかもしれません。 施しの行いと同様に断食の行いは共により深い意味を持っていますが、私は、特にこの.


2026年2月15日・年間第6主日(A)
シラ 15.16-20・詩編 119.1+2a+3b,17+18・ 一コリント 2.6-10・マタイ5.17-37 自由は全世界で本当に重要である故に、それぞれの国々とすべての人びとは自由を求めています。そして、人は自由を見つけた時、宝物のように勝ち取るための準備をし、たくさんの様々な姿をした抑圧を二度と繰り返さないと約束します。たくさんの国々の近年の出来事や、最近の一人ひとりの個人的な経験も含む世界の歴史は、自由と抑圧の両方について幅広く物語っています。 シラ書からの第1朗読では、すべてを知っておられ、私たちに生と死、また善と悪を選ばせてくださる神さまについて書かれています。神さまの掟は私たちを救い、私たちがこの掟を守り、神さまに信頼を置くことを選べば、私たちは生きる事ができるのです。基本的に私たちの信仰において、自由とは善を行う自由であり、更に自由とは悪なるものを避ける力であると、私たちは理解しています。それ故に、自由とは神さまからの聖なる、そして素晴らしい賜物であると、私たちは理解しているのです。私たちは、自由の中で生き、自由を広め、自


2026年2月8日・年間第5主日 (A)
イザヤ 58.7-10・詩編 112.4, 6・1 コリント 2.1-5・マタイ 5.13-16 今日の朗読は、イエス様の弟子である事の意味を、私たちがもっと理解するための助けとなります。先週の福音朗読(幸いである事についての山上の説教)のすぐ後に続く福音朗読によって、私たちは、「幸いな人」とは、周りの人びとからも「見られ、感じられる幸い」を意味している事に気付くべきでしょう。ですから、私たちは、本物のイエス様の弟子としての祝福とは、たった一人のためのものではないという事を思い起こさせられるのです。今日の福音朗読の中でイエス様は、私たち一人ひとりが地の塩であり、光であるようにと、強く語られています。今日、私たちは、地の塩と光についてのシンプルなイメージを黙想することから始めて、私たちの日常生活の中でのこれらのシンプルなイメージ/出来事が、何を意図しているのかを心から認め受け入れていきましょう。 今日のイザヤの預言からの朗読は、飢えている人、家のない人、着る者のない人たちに対するたくさんの、そして様々なかたちでの神さまから擁護について、思い起こ


2026年2月1日・年間第4主日 (A)
ゼファニヤ 2.3, 3.12-13・ 詩編 146.1+2+10a,6c+7,8ac+9bc・一コリント 1.26-31・ マタイ5.1-12a 私たち一人ひとりの人生観、あるいは物事のとらえ方、理解や判断の仕方は、確かに異なっていて、当然、私たちがどのようにこの世で生きているのかによるものです。また、その人の人生観は、この世で与えられているものや、私たちの周りにあるあらゆるもの、私たちが持ちたいと思っているもの(動機や目的となるもの)や、そうでありたいと思っているものに大きく影響されるのかもしれません。けれども、今日の朗読では、私たち各々が、そして、皆が私たちの人生の視点を見直し、正直に良心を日々見つめなおし、何度も反省し、最終的には、私たちの信仰の神さまが、どのように私たちよりも異なった見方をされているのかを気づくようにと招いています。 今日の朗読は、私たちと「この世界」が一般的、そして日常的な誤解や見落としをしている事柄を、私たちが見出す機会を与えてくれています。今日の福音朗読が示している、いわゆる「至高の祝福」(至福)は、それほど簡単に


2026年1月25日・年間第3主日・神のことばの主日 (A)
イザヤ 8.23b – 9.3・詩編 27.1,4,13+14・一コリント. 1.10-13,17・マタイ4.12-23 数年前から年間第3主日は、神のことばの主日として定められています。毎年のこの神のことばの主日の目的は、私たち一人ひとりが聖書を読む事を促進し、ミサの中での聖書の朗読をもっと集中して聴くための助けとなる事です。言葉の典礼は、ミサの中でも重要なものとなっています。 今日、私たちは「神さまが聖書を通して私たちに語りかけて下さる」事を強調すべきなのです。また、私たちはミサ以外の時でも聖書を読み、私たちの生活に中で聖書が私たちに何を語りかけているのかを実感し、「聖書における体験」を隣人たちと分かち合うための黙想にもっと時間を費やすようにと勧められています。 今日の朗読の重要なポイントは、私たちが、イエス様がすべての国の人びとの光である事を共にもっと深く理解する事です。イザヤの預言(第1朗読)に沿って、ゼブルンとナフタリの未来の変化、彼らの闇にもたらされた光、実り多き収穫のような解放と喜びと豊かさの体験は、イエス様がガリラヤで宣教を始めら


2026年1月18日 ・ 年間第2主日(A)
イザヤ49.3,5-6・詩編 40.2+4ab,6,10・ 一コリント 1.1-3・ヨハネ 1.29-34 今日の年間第2主日では、私たち一人ひとりの召命について黙想するようにと招かれています。もし、私たちが、大なり小なりすべての家族や教会の共同体の召命についても深く考える事ができるのであれば、それは素晴らしいことです。同時に、私たち一人ひとり、そして、共同体の召命は、もちろん神さまの救いの使命にしっかりと根ざされたものでなければならないという事を、私たちに思い起こさせてくれます。 何よりもまず、神さまの救いの使命が、すべての国々の民に光をもたらし、心の回心を促し、罪を赦し、水と聖霊によって洗礼を授け、人類に死から新しいいのちをもたらすというイエス様の使命であるという事を、私たちは理解しなくてはならないでしょう。 また、現代の世界での教会の存在をよく理解し認め、且つ、教会の召命も同様に理解しなくてはならないでしょう。今日の朗読は、イエス様の使命が教会の使命であることを、私たちに伝えているに違いありません。つまり、私たちは、神さまのお恵み(たく


2026年1月11日・主の洗礼(A)
イザヤ 42.1-4, 6-7・詩編 29.1+2, 3+4, 9c+10+11 ・使徒言行録 10.34-38・ マタイ 3.13-17 教会の典礼暦A年における主の公現の祭日から一週間を経て、主の洗礼の記念日になります。イエス様は、ヨルダン川でヨハネによって洗礼をお受けになります。イエス様がヨルダン川から上がられると、聖霊が鳩のように降り、イエス様の事をわたしの愛する子と呼ばれる父である神さまの声が天から聞こえます(マタイ3.16)。ですから、今日の私たちの黙想は、イエス様とは誰なのか、そして、何のために来られたのかという事が中心となります。同時に、私たちは、イエス様の公の宣教が、ご自身の洗礼から始まったという事を理解するでしょう。このヨルダン川での重要な出来事は、イエス様が、教え、癒し、そして、奇跡を行われるために尽くされ神の国の事を宣べ伝えるという神聖なる使命を受け入れられた事を示しています。 今日のイエス様の洗礼のお祝いは、ヨルダン川で起きたすべての出来事と共に、神さまの愛、聖霊の力、イエス様がすべての人々にもたらされた希望を、


2026年1月04日・主の公現 (A)
イザヤ60. 1-6・詩編72..2+4, 7+8, 10+11, 12+13・エフェソ3. 2、3b、5-6・マタイ2. 1-12 今日、私たちはイエス様が世界に向けて、公にお現われになった事をお祝いし、それ故に、今日という日を主の公現の祭日としています。そして、私たちは、お生まれになったイエス様を探して遠方から旅をしてきた東方の3博士(3人の賢者)の訪問を思い起こします。彼らは星に導かれて、イエス様がどこに居られるのかを探しました。東方の3博士の訪問は、私たちが思い起こす事のできる象徴的な出来事です。東方の3博士は、光に導かれ、喜びを見出し、贈り物を捧げました。しばしば3博士の訪問は、生れや文化に関わらぬすべての人びとへの神さまの無限の愛の表れとされています。この出来事は、イエス様がすべての人びとのために来られ、真理を求める人は誰でも、イエス様のもとに行くことができるということを、私たちに思い起こさせてくれます。 特に今日の朗読は、光について私たちに教えてくれています。この 光 は、暗闇を照らします。私たちは、とにかく光に従うように、


2025年12月28日・聖家族(A)
シラ 3.2-6,12-14・詩篇128.2+3ab3cd+5+6a ・ コロサイ 3.12-21・マタイ 2.13-15,19-23 クリスマスの後、私たちは、聖家族の祝日をお祝いします。聖家族(イエス,マリア,ヨセフ)を家族の模範として、私たちは皆、家族生活が美しいものであり、召命であると確信しています。各々の家族は、さまざまな方法で神聖であるようにと招かれています。両親には、子どもたちの世話をし、守るという責任があります。それ故に、今日の朗読は、両親を尊び/敬い、家族の一人ひとりを心にかけ、平和のうちに生活する事について書かれています。今日の福音朗読では、特に、イエス様とマリア様と共に、ヘロデの脅威から逃れるために、ヨセフ様がどのようにして、危険に直面した聖家族を守られたのかが描かれています。また、マリア様とヨセフ様が幼子のイエス様とはぐれ(両親としてイエス様が迷子になられたと思い、心配された。)、後に神殿で幼子のイエス様を見つけられた事も聖書には書かれています。 けれども、今日の黙想は、聖家族を単に幼子イエス様と、誠実にイエス様のおそ
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