2025年10月12日・年間第28主日( C )
- Bahay San Martin
- Oct 7
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Updated: Oct 9
列王記下5.14-17・詩編98.1,2+3a,4+5・二テモテ2.8-13・ルカ17.11-19
今日、私たちは、私たちのいのちへの神さまの限りのない癒しの力について黙想
しましょう。はかない私たち人類の肉体のみならず、私たちのすべてのあらゆるいのちを
癒し、清めて下さる神聖なる癒し主である神さまを、私たちは信頼し信仰します。また、
今日は、私たちが、神さまの癒しの力にどのようにお応えするのかについても黙想する
ようにと招かれています。
第1朗読では、エリシャの言葉通りに従った後、重い皮膚病を癒されたナアマンが、
エリシャへの贈り物を捧げようとして、どのように感謝する事を求められたのかが描かれています。確かに、思い皮膚病を癒されたナアマンは、イスラエルの神を心の底から認め、
主以外の他の神々をあがめる事はしないとして、より深い回心をしたという事に、
私たちは、最終的に気付くでしょう。私たちも、心の癒しと回心という彼と同様の経験を
するべきでしょう。
今日の福音朗読も同様に、癒されるという事は、より深い信仰/回心の心(神さまに立ち
返る)を私たちに持たらし、故に、神さまとのより深い繋がりを生むべきものであるという事を、強く語っています。イエス様は、清められた人々を探されましたが、10人の内
9人は戻らず、たったの1人のみ、神さまに感謝するために戻って来ました。
私たちは癒された後、立ち戻って感謝するという事に気付いて、隣人たちにもイエス様の
癒しの力を広めていくことができますように。何よりも、私たちは皆、人間関係を破壊し、隣人たちやその他の私たちの周りにある神さまの被造物に対する私たちの理解を誤らせる、有毒でふさわしくない(不適切な)世の中の在り方から清められ、癒され、完全になる
ようにと求められているのです。




