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10月8日・年間第27主日(A)
イザヤ5:5-7、詩編80:9+10、15+16、18+19、フィリピ4:6-9、マタイ21:33-43 「神さまが信頼を置かれている民は、無責任な働き手です。 私たちはその理由を知るようになる...」 日々の回心と、より寛大な心を得るための意欲を高める言葉 ここ数週間の日本のカトリック教会の意向は、共に祈り、すべての命のためにさらに祈り、命を守ることとすべての被造物への心配りに対しての、より深い意識を強めるということでした。私たちは、先週の水曜日のアシジの聖フランシスコの記念日である10月4日に、すべての被造物への心配りとすべての命を守るための祈りを込めた時間と黙想を終えました。 今日のテーマは、先週のぶどう園のたとえとそれほど違いはありません。ぶどう園は、神さまの王国を象徴していて、働き手たちの役割は、ぶどう園の世話と真の実り豊かなぶどう園にするための働きに対する、神さまの民としての責任を表しています。 一般的に、神さまのぶどう園は、神さまの民が見つけることのできる場所であると、通常、私たちは理解しています。神さまのぶどう園は、私
2023年10月1日・年間第26主日(A)
エゼキエル18.25-28・詩編25.4+5a、8+9、10+14・フィリピ2.1-11・マタイ21.28-32 すべてのいのちを守るための月間(9月1日―10月4日) 守られない約束より実際の行動 ・ 神さまの優しさへの私たちの応え 今日の黙想に関して、悔い改めた罪びとは、天の王国の真価について心配することは何もないということを、私たちが理解するために、 先週のミサの朗読での教え を、神さまの正義のうちに深く考える事は役に立ちます。神さまがすべての人々に対して等しく愛をお与えくださる事は、神さまの優しさと真の正義を私たちにお示しになる神さまのなさり方です。 神さまの正義について、さらなる教えがあります。神さまの正義は、罪びとを罰し、正しい人を寵愛されるといった単純なものから起因しているのでは決してありません。神さまは、罪びとに対しても、愛といつくしみを絶え間なくたくさんお与えになるからです。つまり、罰とは、神さまから与えられるものではなく、罪を犯した人の罪深さ(人は罪を犯したことに対して、自分自身を罰します。)から来ているのです。ですか
2023年9月24日・年間第25主日(A)
イザヤ55:6-9、詩編145:1+3、8+9、17+18、フィリピ1:20c-24、27a、マタイ20:1-16 すべてのいのちを守るための月間 (2023年9月1日-10月4日) 神の優しさ、そして、すべての人々一人ひとりの基本となる価値 神さまの優しさ/寛大さの豊かさを私たちが黙想する時、信仰の子は、確かに神さまのお考えは私たちの考え方とは違うという事を、ただ単純に受け入れるかもしれません。神さまは、私たちが行うのとは違う種類の正義をお持ちです。神さまは、天国の全ての聖人を愛しておられ、そして、まったく同じ愛を持って私たち一人ひとりを愛してくださいます。ですから、この愛が私たちへの神さまの愛に到達する時、皆が神さまの子どもたちとして見なされ、神さまの平等の愛をお受けする資格を持てるので、私たちは謙虚に感謝の気持ちを込めてひれ伏します。 しかしながら、いくつかの批判的な考えを持った人々は、一見「 神さまの不平等な正義 」に思われることに対する、彼ら自身の疑問に答えるために多くの時間を費やすかもしれません。神さまの真の考え方が、どれくらい私
2023年9月17日 · 年間第24主日(A)
シラ27・30-28・7、詩編103・3+4、8+13、11+12、ローマ14・7-9、マタイ18・21-35 すべてのいのちを守るための月間 (9月1日-10月4日) 今日の私たちの短い黙想のために、答唱詩編のことばは、今日のその他の全ての朗読に対しての各々の理解が明らかになるための、とても基礎的な中継地点となり得ます。私たちは、私たちの罪をおゆるしくださり、悪い感情・痛み・悪意があるように思われる心のために破滅の危機にある人びとに、救いをもたらしてくださる神さまについての基本的な知識を与えられています。冷静さ、自制心、隣人への溢れる愛、心の平和、謙虚さなどすべては、私たちの癒し手である神さまの救いの業によって、絶え間なく溢れ出ています。これは、命あるすべてのものに対して、私たちを神さまの子どもとして、私たちの命をお守りくださる神さまの御業です。 今日の第一朗読と第二朗読の両方に書かれている強さと懇願は、 自分のために死ぬことと主のために生きること という人生の目的を受け入れ、大切にするようにと私たちを導いています。 私たちの憤り/復讐と怒りを
2023年9月10日・年間第23主日(A)
すべてのいのちを守るための月間(9月1日~10月4日) エゼキエル33.7-9、詩編95.1+2、5+6、7+8・ローマ13.8-10、マタイ18.15-20 すべてのいのちを守るための月間(9月1日~10月4日 ) 今日の私たちの 朗読(聖書からの一節) だけではなく 、私たちの毎日の 聖書(聖霊の導きを受けた人によって書かれたもの)の朗読(読むという行い) も、 私たちに心を変化させるように働きかけます 。たくさんの、そして異なる聖書の一節の文脈と背景から、私たちは回心するようにと後押しされているのです。今日の典礼の中心となるテーマは、私たち皆が 兄弟姉妹たちの共同体としての教会に所属することに対しての各々の意識 について語っています。ですから、他の信者たちに手を差し伸べること、共同体としての責任をもっと強く持つこと、そして、各々が霊的な行路(神さまとの関係)を支えることに対して、私たち皆がどこまで自分自身を捧げてきたのか、自分たちの心についてよく考えるようにと招かれています。つまり、今日、私たちは、 兄弟姉妹たちの共同体として
2023年9月3日・年間第22主日(A)・ 被造物を大切にする世界祈願日
エレミア20・7-9、詩編63・2、3+4、5+6、ローマ12・1-2、マタイ16・21-27 被造物を大切にする世界祈願日 すべてのいのちを守るための月間 (9月1日~10月4日) 教皇フランシスコは、9月1日を被造物を大切にする世界祈願日としてお定めになりました。私たちは、今日すべてのいのちを守るための祈りをお捧げします。今年の具体的なテーマは、アモス書の「正義を洪水のように、恵みの業を大河のように、尽きることなく流れさせよ。」(アモス書5・24)からきています。つまり、私たちのテーマは「正義と平和を大河のように。」です。教皇フランシスコの今年の世界祈願日ための祈りの主旨は、すべての被造物との関係を更新するよう、私たちに勧めています。私たちの希望は、私たち皆がもはや被造物を利己的に利用するための対象としてみなすのではなく、すべての被造物を私たちの創造主からの神聖な贈り物として、大切にし守ることです。私たちは、子供たちや若い人びとへの環境を守るための教育を推奨するようにと勧められています。地方自治体や、その他の環境保護のために尽くしている様
2023年8月27日・年間第21主日 (A)
イザヤ 22. 19-23・詩編 138. 1+2ab, 4+5+7d, 8・ローマ 11. 33-36・マタイ 16: 13-20 私たちは皆、神さまの権威と保護のうちにいます。 あなたと私は、日曜日と時には週日でさえも教会に来て、イエス様を救い主であり、私たちの日々の生活の主であることを宣言します(心から認めます)。神さまのいつくしみ深いお恵みあふれる教会で、あなたと私がイエス様のことをもっと知り、そして、キリストのうちにキリストと共に、より多くの人生を経験できるように導いて下さる秘跡にあずかります。確かに、イエス様をより深く知り、そして、信徒としての生活をもっと深める経験をするために、共同体で祈り、共同体としてミサにあずかることは役に立ちます。 私たちは、イエス様に対して個々の理解をしていて、多くの異なるやり方で教会にきますが、私たちは各々、独自の環境や周囲の状況の中で生まれ育ったので、イエス様に対してのレスポンスは、それぞれの生活の中で異なっているように見えるかもしれません。なによりまず、私たちが、 心の底からイエス様を私た
2023年8月20日・年間第二十主日 (A)
イザヤ56.1,6-7・詩編67. 2+3, 4;5, 7+8・ローマ11.13-15, 29-32;・マタイ15.21-28 イエス様は、すべての人のことを気にかけて下さる だれもお見捨てにはならない 今日の朗読では、私たちの日常生活の中での事がどんなに矛盾するように見えても、神さまの愛といつくしみ、お導きと摂理のうちに、私たちは、信頼と確信をもっと強く持つようにと求められています。私たちの共通であり個々でもあり、独特な経験である世界の現実は、一見、見捨てられたように思われるかもしれませんし、私たちのことを気にかけて下さる神さま(思いやりのある神さま)を信じる事を妨げているかもしれません。おそらくさまざまな形で現れる避けられない病気や、人間の過ちや自然災害のために起こる事故に対して、どのように、そして、なぜ、神さまはこのような世界を容認され、なぜ、神さまはこのように多くの人々が苦しむのを差し許されるのか、絶え間ない疑問が出てきます。 このような疑問は残り、答えられないように思われるかもしれませんが、私たちの疑問は、信仰と忍耐(祈りのうち
2023年8月13日・年間第十九主日 (A)
列王記上19. 9a, 11-13a、詩編 85. 9, 10+11, 12+13+14、ローマ9.1-5・マタイ14. 22-33 特に私たちの生活の中で、もっとも困難な時に イエス様の存在を認める ここ最近の日曜日の分かち合いでは、私たちの黙想のための異なるポイントがどんなにたくさんあっても、教会に来ること、ごミサに参加すること、その他の秘跡を受けること、小教区の人々と一緒に信仰生活をお祝いすること、そして、いろいろな方法で他の人々を助けるという呼びかけに応えることを、どうにか認識し受け止めるようにと導かれています。これらは、私たちの心が宝物のある場所にあるというしるしです。私たちの信仰生活、いわば私たちの宝物である神さまとの関係について、ここでは語られています。 今日の福音朗読では、パンと魚(膨大な人々、子どもを含む5000人以上の男たちと女たちの食事として)が増えたという、弟子たちとともにおられたイエス様の先に行われた業に続いて、弟子たちが船に乗っている間、イエス様はおひとりで山に登られ、祈られるということが書かれています。...
2023年8月6日・主の変容(A)
ダニエル7.9-10,13-14 詩編97.1+2,6+9 マタイ17.1-9 私たちの主イエス様の変容 は、ほとんど明らかにされていて、もちろん一般的には 天の栄光を垣間見ること 、そして、 神さまとの、神さまご自身との究極的な出会い として理解されています。 天の栄光を垣間見る経験 として、この変容という出来事は、余生の現実(実現)と同様に、 神さまの存在の完全さの体験を望むようにさせてくれます 。この天の栄光という言葉は、 地上にいる間に 私たち自身の中で継続的に価値観(福音の価値観)を形づくること を通して、私たちがおそらく証明できる天の王国 とは多少違っているように思われるかもしれません。---おそらく将来的に、神さまの存在の完全さの証人となるための手段(必須条件)です。ペトロ、ヤコブ、そしてヨハネにとって、この垣間見るということは、 彼らのイエスさまへの信仰を深めるようにと導き、勇気を与えてくれる出会い のための助けとなり、そして、イエス様の使徒としての聖務において行く手を阻む課題のために、彼らにしっかりと準備させてく
2023年7月30日・年間第十七主日 (A)
列王記3.5, 7-12 ・ 詩編119. 57+72, 127+129, 160+162 ・ ローマ8.28-30 ・ マタイ13. 44-52 マタイの福音書で示されている神さまの王国について引き続き黙想することは、天の王国の計り知れない価値と大切さについての理解を私たちにもたらしてくれます。畑に埋められた宝のたとえ話と、高価な真珠のたとえ話は、どちらも天の王国の計り知れない価値と大切さを伝えています。 確かに、私たちの宝があるところに、私たちの心もあります。畑で埋もれた宝物を見つけた人が、喜んで出かけて、持っているものを売り払い、畑を買ったのと同様に、私たちも、もっと時間を費やして、そして、いろいろなことに対して諦めるという気持ちから脱して、もっと力を発揮して努力をするようにと鼓舞されています。上質で高価な真珠を見つけた商人が、持っているものをすべて売り払ってその真珠を買い求めるのと同様に、私たちもその商人のように、決意のもと、なにがあっても、断固としてその高価な真珠を手に入れることができるのです。 ですから、私たちは天の王国の
2023年7月23日・年間第十六主日(A)
知恵12・13、16-19・詩篇86.5+6,9+10、15+16・ローマ8.26-27・マタイ13.24-43 今日の福音は、先週の日曜日の聖マタイの福音の続きで、私たちは、すぐに黙想のための重要なポイントを考えることができます。同時に、 私たちの心に植えられた種を育てること と、 神さまのみことばを広めること に関するテーマは、先週の私たちのはっきりした黙想の主題でしたが、今日は 天の国 (神さまの国)とはどういうところなのかという、イエス様の説明についてです。 私たちに提示され説明されている 王国 は、主に 今ここで (現在のこの世界で)人間関係の間に存在する 環境や状況 であるということを理解しましょう。同時に、この 王国は場所 であるという私たちの理解への固執から離れられないかもしれませんし、私個人としては、理解する上で全く悪くはないと思います。王国が状況であるか場所であるかというこれらの理解は、今日の朗読で伝えているとても重要な事をピックアップする邪魔にはなりません。この王国は、 その時の状況であり、福音の真価が優先する場所で
2023年7月16日・年間第十五主日(A)
イザヤ 55.10-11・詩編 65.10, 11+12, 13;14・ローマ 8.18-23・マタイ13.1-23 今日の朗読では、神さまのみことばを広めることに重点が置かれています。神さまのみことばを広めるようにと召されている私たち自身、同時に、日常生活の中で神さまのみことばを受け入れるという私たちのアプローチに立ち戻るようにと導かれています。他の人々に神さまのみことばを広めるようにと召されていることに対しての私たちからの堅実な応えは、私たちが神さまのみことばをどれくらい深く理解するかにかかっているのですから、このテーマについて黙想することは重要な事です。また、神さまからのこの呼びかけに対して、もっと応えていくことに対して、神さまとの関係がどれくらい私たちの助けとなるかを黙想することもできます。 福音朗読で、私たちにとてもよく説明されている種を蒔く人のたとえは、今日まで私たちがクリスチャン生活にどのように準じてきたか、自分自身を正直にじっくり考えることができるように、しばらくの間、沈黙のうちに正直に立ち止まることを思い出させてくれます
2023年7月9日・年間第十四主日 (A)
ゼカリヤ9:9-10・詩編 145.8+9, 10+11, 13ab+14・ローマ 8.9.11-13・マタイ 11.25-30 私たちの前回の朗読によると、イエス様に従うには、徹底的な教えがあります。クリスチャンの弟子と呼ばれるためには、神さまに仕える時、同時に物質的な財産やこの世の多くのものへの執着を切望することはできません。私たちは、家族を社会の基本的な集まりと考えてきましたが、先週の日曜日の福音で、イエス様は「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。」と言われています。このような徹底的な教えを守りイエス様に従うのは、困難ではありませんか。 しかしながら、今日の福音朗読では、イエス様の軛は負いやすく重荷は軽いので、イエス様の軛を負って、イエス様のもとへ来なさいという招きを通して表された神さまのいつくしみを、私たちは簡単に見つけることができます。先週の日曜日に分かち合ったクリスチャンの弟子と
7月2日・年間第十三主日 (A)
列王記下 4:8-11, 14-16A・詩編89.2+3, 18+19・ローマ 6:3-4, 8-11・マタイ 10:37-42 私たちのカレンダーのこの時期、教会のカレンダーの年間と呼ばれるこの時期に、私は、特に今日のような聖書朗読の箇所において、多分、畏敬の念を抱き、打...
6月25日・年間第十二主日(A)
エレミヤ 20.10-13 ・ 詩編69.14, 17+18, 34+35 ・ローマ 5.12-15 ・ マタイ 10.26-33 私たちは、祝祭日ではない日曜日を、教会暦の中で、私たちが自分たち自身とイエス様の弟子たちのことを、より長期的な視点で見つめなおすようにと招かれ...
6月18日・年間第11主日(A)
出エジプト19.2-6a ・ 詩編.100.1+2, 3ab,5 ・ローマ 5.6-11・ マタイ 9.36, 10.1-8 想起するためのリマインダー 神さまは私たち人間に神さまの愛を示してくださった.。 喜びの内に仕え、 派遣され、良い知らせを宣べ伝えよ。...
6月11日・キリストの聖体 (A)
申命記8.2-3, 14b-16a ・ 詩編147.12+13,14+15, 18;19 ・ 一コリント10.16-17 ・ ヨハネ6:51-58 積極的にミサに参加しましょう。 御からだの他の部分とも一致して 祭壇に信心深く近づいて...
6月4日・三位一体の主日(A年)
出エジプト記34.4b-6, 8-9・ダニエル補遺・アザルヤ29, 30+31+38・二コリント13.11-13・ ヨハネ3.16-18 私たちの生活の中で最も普通の日における私たちの召命 私たちは、今、ご復活節の7週間の後につづく、2番目の週(私たちの教会のカレンダーでは...
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