2025年10月05日・年間第27主日 ( C )
- Bahay San Martin
- Sep 23
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Updated: 5 hours ago
ハバクク1.2-3,2.2-4/詩編95.1+2,5+6,7+8/2テモテ1.6-8,13-14/ルカ17.5-10
今日の私たちの黙想は、神さまへの私たちの信仰をもっと深めるために必要な事柄を
もう一度よく考える(再考する)事が中心となっています。私たちが今日まで少しの信仰で生きてきたであろう事は、今日の朗読が、私たちの現在の人生経験の流れから決してそれていない事の理由です。私たちが、現在どのような状況の中で生きていても、目には見えない神さまといつもつながっているようにと招かれています。
今日の第1朗読では、たとえ古くから現在に至るまでの全ての世代ではなくても、多くの、そして主な共通している実際の人類の経験を認める一方で、私たちにとっての良いものは
すべて与えられるという事の確信について語られています。私は、いつも神さまの聖霊に
つながり続け、私たちがこの世の不完全さや弱さに対して切望している事のすべてが成し
遂げられるまで、忍耐と希望を持ち続ける事で、私たちの信仰をもっと深める事が
できると、確信しています。
今日の福音朗読の中でイエス様は、ほんの少しの信仰(1粒のからし種ほどの信仰)で
さえも、偉大で奇跡的な、かつ神秘的な(人類の理解を超えた)ものとなり得ると教えて
おられます。信仰を深める/育てるという事は、神さまが決して私たちを失望させないと
いう、より深くより強い信頼と自信を持つ事を意味しています。信仰を深める事で、
私たちが、人類とすべての被造物への神さまのご意向を果たすため道具となるにふさわしい者となれる事に対しても、私たちは神さまを賛美し感謝するのです。
信仰は賜物です。
パウロはテモテへの手紙で、共同体の仲間たちや若い指導者に霊的指導をしています。この霊的指導は、現在の私たち一人ひとりにも当てはまる事であると、私は確信しています。
私たちが神さまからいただいた賜物を燃え立たせ、信仰の賜物を守り続けるようにと薦め
られています。私たちは、信仰のうちに、もっと強くなりましょう。「神は、おくびょうの
霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。」聖霊の導きによる静けさと忍耐によって、すべての事は可能なのです。